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大学生協 東北ブロック

復興再生通信 Vol7

<東日本大震災から5年>

東日本大震災5年を迎えて

大学生協東北ブロック東日本大震災復興・再生タスク
代表 板垣乙未夫

今日3月11日で東日本大震災の発生から5年を迎えました。避難生活を送る人はなお17万以上に上り、災害公営住宅の完成は被災3県で半分に止まっております。3県の公立小中高、特別支援学校で、仮設校舎を使ったり、校庭に仮設住宅があったりして、本来の学校生活に戻れていない学校が121校に上っているとのことです。

こうした「学びの場 遅れる復興」の中、2月24日、私はブロック事務局と共に福島県立ふたば未来学園高等学校を訪問し、「未来の大学生応援募金」から義援金35万円と福島大学生協から提供いただいた電子辞書30台を贈呈しました。当校は、福島県双葉郡の教育振興のため、郡内のサテライト校5校の募集を停止し、各校の伝統を継承しながら先進的な学びを実践していく高校として、広野中学校の校舎、校地を使用して2015年4月に双葉郡広野町に開校したものです。当校の丹野校長は、「生徒たち、それぞれが困難を乗り越え、新しい一歩を踏み出している。まさに変わろうとしている生徒の姿こそ希望であり、この国の未来です。」というメッセージを私たちに伝えるとともに、生徒たちの元気を後押しするものとして応援募金を有効に使用させて頂きたい、と私たちに謝意を述べられました。今回の当校への応援募金は、2012−2013年度の第一次に引き続いた第二次募金の期末のものでしたが、これまでの被災3県への取り組みに比べて遅れていた原発被災地の支援として有効に使用できたと実感できるものでした。

3月7日(月)に大学生協東北事業連合の震災セレモニーがあり、職員の皆さんに向けて「震災を忘れない!被災者と手を繋げ続けよう!被災者・被災地支援の持続的な取組を!」と私の気持ち披露させて頂きました。震災当時に抱いた私の「50年近くをすごしてきた故郷ともいえる被災地の復興のためにできることは何でやろう」という覚悟については、「東北地区大学生協職員の手記」の中に記しておりますが、私はその覚悟を持続したいと今でも思っております。

復興タスクへのご協力を今後とも宜しくお願い申し上げます。

「3.11〜 発災当時と5年目を迎えた私」

大学生協大阪・兵庫・和歌山ブロック
事務局長 藤江正俊

2011年3月15日、私は全国副学生委員長(当時)の小島君(と呼ばせていただきます)とともに車で仙台会館を目指しました。到着後、私は仙台市内や周辺のボランティアセンターを回り、大学生協としてのボランティアのあり方を模索しました。小島君は宮城県ボランティアセンターの本部に常駐し、ニーズの把握に努めました。その結果、縁あって七ケ浜ボランティアセンター(当時)から大学生の力を貸して欲しいとのご相談をいただき、活動拠点が決まりました。ライフラインの復旧見通しが立たない中にもかかわらず、旅館天龍閣様に宿泊受入を快諾いただき、認定特定非営利活動法人JUON NETWORKの皆さんのサポートをいただきながら大学生協ボランティアがスタートしました。

立ち上げの頃は、復旧作業のお手伝いが中心でした。その後、ホームページの立ち上げなどボランティアセンターの運営にも関わらせていただきました。大学生協ボランティアでは、参加者が毎日の振り返りと共有をおこない、参加者が入れ替わる際には、引き継ぎ式がおこなわれました。学生さんの自主的な運営と、活動を通して悩み・励ましあいながら日々成長して行く姿を見て、初めて大学生協ボランティアがこれで良かったのだと感じることができました。

その後も大学生協ボランティアは、学生ならではの取り組みとして「学習支援活動」を始めました。仮設住宅が設けられるとコミュニティづくりのための「集会所サロン」の運営など、環境とニーズの変化に応じた活動を継続してきています。

発災からおよそ1ヶ月後の2011年4月18日から「大学生協ボランティア」が始まり、この5年間で延べ1,200名を超える学生さんが全国から参加されています。多くの学生さんたちが東北の現状をその目で見つめ、ボランティア活動を通して肌で感じ取ったことを仲間たちに伝え、今度はその仲間がボランティア活動に参加することもありました。私はこの「大学生協ボランティア」の立ち上げに関わることができたことを今でも誇りに思っています。

話は変わりますが、発災から20年目を迎えた2015年1月に神戸で「阪神・淡路大震災20年メモリアル」を開催しました。「神戸から東北、そして未来へ」をテーマに、20年前にお世話になった諸先輩方、奮闘された方々とともに当時を振り返り、東北からも板垣先生をはじめ、田中ブロック事務局長、そして学生さんにもご参加いただき、大災害への備えについて意見交流などをおこないました。大震災を経験した私たちの役割は、「当時を語り継ぎ、教訓を発信していくこと」だと思います。その点では学生さんの参加が少なかったことが悔やまれてなりません。20年前のことを私は語り継いできたのか、東北で起こったことを関西の人たちに伝えてきたのか…。5年前、東北で出会った皆さんは、被災されたその時からずっと「復興者」であり続けておられます。同じように私も東北に向かったあの時の想いを持ち続けなければいけない。今あらためてそう感じています。

あの日から5年が経ち、発災当時を振り返り、今の自分は何をすべきなのかを考える機会を与えていただいた東北の皆さんに感謝申し上げます。

「5年前のことを思い出すと」

山形大学生協小白川書籍店 店長  小島憂也 (2011年度全国大学生協連副学生委員長 初代大学生協ボランティアセンター長)

地震の起こったその時間は連合会学生常勤として杉並会館で内勤中。不意に激しい揺れに襲われ、わたしのデスクの後ろが大きな窓ガラスだったので、恐怖を感じたことをよく覚えています。そのうち時計が落ちてガラスが割れました。同僚がすぐに西のほうの実家と連絡を取り、「宮城が震源!津波あるかも」と言われましたが、とても他人事のように思っていたのもよく覚えています。

幸い杉並会館は停電しなかったのですが、そのあと休憩室のテレビには生々しい津波の映像が映し出され、職員が群がるように集まり、各々の感想を言い、時には悲鳴があがっていました。私もその中の一人でした。

友人の安否を確認すると同時に、両親や兄弟に電話がつながらないことを確認しました。何度か電話をかけ、当日に連絡が取れたのは父。「弟1と弟2は大丈夫。母と弟3と連絡がとれない。石巻にいる」と聞かされました。見つかるまでの間、どうしようもない感情を抱き続けました。安否がわかったのは14日月曜日の夜。13日の昼ころに二人ともそれぞれトラックの運転手さんらに助けてもらいながら宮城県涌谷町の実家に戻ってきたと、弟1から知らされホッとしました。

連合会学生常勤として当時できることは、全国の大学生協の仲間をコーディネートし被災地にボランティアなどの支援の手を送る、ということでした。受け入れ態勢が整ったため、4月中旬より七ヶ浜町災害ボランティアセンターでお世話になることができました。避難所やトイレの清掃活動からはじまり、泥かきをしたメンバーもいました。1ターム目はボランティアセンターでも活動をあてがうことができず、待機させていたメンバーもいました。「こんなにやる気があって来ているのに、どうして活動ができないのか」と詰め寄られ、「待つのもボランティア」と仕方なく言い諭すしかありませんでした。

村井雅清著「災害ボランティアの心構え」(ソフトバンク新書)の中で、関西学院大の室崎教授がニューズウィーク日本版4月13日号に寄せたコメントとして、引用されたことの一部を以下に紹介します。 「今ボランティアに行くと迷惑をかけるという世論が、どういうわけか出来上がってしまった。それを変えるのはとても大変だ。ボランティアは押しかけていい。迷惑をかけてもいい。迷惑をかけた分の何倍もいいことをしてくれればいい。来てくれただけで、本当に喜ばれるのだから。」

この言葉には目からウロコでした。もっと積極的に、前のめりになって支援できたことがあったかもしれない。3ターム目以降はボランティア参加者の声をもとに、現地での「ニーズ探し」活動をボランティアセンターと一緒に行いボランティアセンターとしてどんな活動が足りないのかを考えることができました。その結果は後々の活動にもつながっていったのではないかと思います。

わたしはこれまで、5年前のことや当時葛藤したことに深く向き合えないままでいました。しかし、穂高明著「青と白と」(中央公論新社)を読んで、似たような感情を持っている方がいるんだなと少し前向きな気分になりました。

被災地の復興はまだ進まず、支援をしないといけない地域がたくさんあるはずです。5年が経ち、阪神淡路大震災で被災し支援した経験のある大学生協として、東日本大震災に対してどんなことができたのか、そしてどんなことをするべきだったのか。振り返り、後世に活動や想いを伝え残していくことが必要になっていくのかもしれません。わたしも、七ヶ浜にまた顔を出してみたいと思います。

ふたば未来学園高等学校へ募金贈呈

「ふたば未来学園高等学校」は、福島県双葉郡の教育復興のため、郡内のサテライト校5校の募集を停止し、各校の伝統を継承しながら先進的な学びを実践していく高校として、広野中学校の校舎、校地を使用して2015年4月に双葉郡広野町に開校しました。地域の役に立ちたいという高い志や目標を持った中学生152名が、県内外から入学しました。2016年2月24日、開校から間もなく一年を迎えるのを機に、大学生協東北ブロック震災復興・再生タスクの板垣代表らが訪問し「未来の大学生応援募金」から義援金35万円と福島大学生協から提供いただいた電子辞書30台を贈呈しました。

当日は丹野純一校長と大和田事務長が迎えて下さり、丹野校長からは、震災と原発事故という未曽有の災害を体験した高校として、「変革者たれ」という建学の精神の下、新しい生き方、新しい社会の建設をめざし「自立」「協働」「創造」を校訓とした教育活動について詳しくお話しいただきました。

会談後は学生たちが自主活動している教室を拝見し、地域での様々な取組みについても説明いただき、新しい高校の教育理念が、生き生きと進められている様子を知ることが出来ました。2016年春、ふたば未来学園高等学校にはまた新しい一年生が入学し、元気な声が校舎に響くことでしょう。

復興支援活動の様子1
復興支援活動の様子2
復興支援活動の様子3

ふたば未来学園高校のパンフレット

ふたば未来学園高校のパンフレット。 中央は「未来」文字。英文字はタンポポの綿毛を表しています。「風に乗り世界に広がって欲しい」という想いが込められています。


【未来の大学生応援募金の目的】
  1. 被災影響の大きい高校(後援会)に大学生活ガイドブックとともに「義援金」として送ります。
  2. 被災地での「学習支援ボランティア」(東北ブロック主催)の費用に充てます。
※岩手県、宮城県、福島県を対象とします

「未来の大学生応援募金」の振込先は、次の口座にお願いします。
七十七銀行店コード 100( 普 )口座番号7983492
未来の大学生応援募金 代表:戸田 俊浩
この募金についてのお問合せは…

TEL022-717-4866(大学生協東北ブロック 事務局長:田中 康治)


見る・知る・考える「福島の今」

移動教室型 ふくしま被災地スタディツアー
移動教室の清水教授移動教室の清水教授

2016年2月5日(金)午前8時福島駅に集合した参加者は40名。 今回のツアーは「福島大学災害復興研究所」主催、「ふくしま地域活動団体サポートセンター」の協力で行われたスタディツアーです。参加者の多くは福島大学の皆さんや福島で活動するNPO法人など。また福島県内の行政担当者やマスコミの記者と様々な方たちです。大学生協からは学生・職員5名が参加しました。

●今回のバスツアーの特徴
増え続けるフレコンバック増え続けるフレコンバック

今回のバスツアーの最大の特徴は、目的地に向かうバスの中がコーディネーターである清水修二・福島大学経済経営学部特任教授の移動教室となったことです。講義はバスが目的地に着くまでの間、先生の資料に基づき、原発被害に関する「クイズ」を織り交ぜながらわかりやすく進められました。ツアーの終了時には講義録が配布され、読み返しながらツアーを復習できるようになっていました。

●最初の訪問地「飯館(いいたて)村の蕨平(わらびだいら)減容施設」
飯舘村の減容施設飯舘村の減容施設

石川島播磨が環境省より委託された、震災と原発事故で発生した家屋の解体廃棄物や片付けゴミ、除染処理で出た可燃性廃棄物などを処理する施設として建設され、2016年1月から試運転を始めた施設。工場見学前の60分間の説明のあと、焼却施設を見学しました。一日240tの処理が可能。年間300日稼働し、7万tが処理できるとのこと。放射線の高いゴミは外部への飛散などが無いよう厳重に処理、保管され、10万ベクレル以下のものは指定廃棄物として冨岡の減容施設へ運ばれるとのこと。当初3年で稼働を終え更地に戻す計画でしたが、処理量の増加により2020年までの5年間の稼働になったとのことでした。

●冨岡減容施設見学
車窓から見える福島第一原発車窓から見える福島第一原発

ここでは処理施設の見学はなく、DVDの視聴と担当者の方の説明を聞きました。この施設も完全撤退まで5年という期限があり、震災と原発事故で手つかずのままだった家屋の解体が始まったばかりの状況の中、これから増え続ける廃棄物処理が期間内に完全に出来るのかと不安を感じました。

車窓から見える除染廃棄物の入った夥しい数の「フレコンバック」。事後処理にかかる莫大な費用と人員。そしていつ終わるとも知れない時間。原発が一度事故を起こしてしまえば、これだけ大きな負の遺産が生まれるという事実。普段あまり見ることのできない施設を見学できたことで、多くのことを考えるツアーとなりました。

3・11メモリアル集会in仙台会館

3月7日(月)、東日本大震災から5年を前に仙台会館にて3・11メモリアルの集いを開催しました。

東北事業連合の戸田専務から開催挨拶の後、参加者全員で黙祷しました。その後、板垣東日本大震災復興再生タスク代表からこの5年間を振り返ると題して特別報告をいただきました。5年前に東北事業連合に在籍されていた人は4割程度でした。最後に田中東北ブロック事務局長から昨年の取り組み、今年の活動計画が報告され全員で確認しました。(青柳)

メモリアル集会in仙台会館の様子1
メモリアル集会in仙台会館の様子2
東北地区大学生協職員の手記 東日本大震災−そのとき、その後、これから−
メモリアル集会in仙台会館の様子3
メモリアル集会in仙台会館の様子4
メモリアル集会in仙台会館の様子5

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